君に恋する唐揚げ

 高校二年生という学年は、学生生活の上では比較的、何かが起こりやすい学年である。
 俺もその例に当てはまり、文化祭実行委員という役目を仰せつかってしまった。
 半年前から委員会活動が始まって、くじで当たったという消極的な参加でもあったから、裏方で地味に働いていた。
 だから、学祭当日の朝に、こんなこと頼まれるなんて、予想もしていなかった。
 
「え? 亮平が盲腸?」
 ステージ部門担当のメンバーがやってきて、頭を下げた。亮平は午後の部の総合司会進行係、いわゆるメインキャスターである。
「そうなんだよ、な、頼む。できそうなのはお前しかいないから! 相方は悠斗ならいいって言ってるから」
 と、その級友の後ろから相方、そう彼女が、ひょっこり顔を出した。
 
「佐伯くん、急に変更になってごめんね。これが進行台本、ピンチヒッターでお願いすることになったから、メインは私の方で頑張るから、お願い!」
 俺は裏方だがステージの一通りの流れを知っていて、かつ、ステージとクラス部門の当番時間と重なっていない。彼らにすれば、貴重な存在だったらしい。
 二人掛かりでお願いされて、他に俺以外のメンバーの当てもなかったらしく、強引に台本を押し付けられた。
 
 問題のプログラムの時間が近づいてきて、俺は少し緊張してくる。悪いがあまり人前に立つのは好きでない。亮平とは逆のタイプである。待ち合わせ時間に控室へ行けば、すでに彼女は待機していた。
「はい、これ、よかったら景気づけに食べて」
 激辛コンビニ唐揚げを彼女が差し出した。しかも、俺の好きなコンビニの品である。
「辛いのが好きって聞いたから。せめてもの、感謝の気持ち」
(何で知ってんだ?)
(そうか、準備中に他のヤツらと話していたのが、聞こえていたんだな)
 意外なところで自分のことを知ってもらえていて、なんだか悪い気はしない。いきなりのピンチヒッターでもあるし、彼女は気を使ってくれていた。
「ありがとう」
 一口食べると、馴染みのある辛味が喉を刺激する。緊張を誤魔化すのに効果的であった。
「よかったら、どうぞ」
 一人で全部食ってしまうのもアレだから、差し出した。彼女の方だって、予定が変わり、気が気でないだろう。目を大きくして、にっこり微笑んで、一つ摘まみ取った。
「あ、やっぱり辛いと気合が入るね」
「だろ」
 目が合って、二人で微笑んだ。
 
 さらにプログラムが近づいてきて、自分でもびっくりするくらいもっと緊張してくる。そして、悪いことに腹が痛くなる。デリケートな俺は、強度のストレスが腹にくる体質なのだ。
(マズい、でも、黙っておく方がもっとマズいか)
 格好悪いのを承知で、思い切っていった。
「悪い、腹が痛い」
「え、大丈夫? まさか、佐伯君も盲腸?」
 これにはちょっと拍子抜けした。そうだった、亮平のヤツ、盲腸で入院したんだった。
「いや、そうじゃなくて……緊張で……」
 こんな告白を聞けば、情けない男だと思うかもしれない。そう覚悟していたら、彼女の反応は違っていた。
「そうよね、緊張するよね。私も、足がちょっと震えているんだ」
(あれ?)
 俺と違って最初からメインキャスターを務める彼女なのに、びっくりするようなこと言う。
(マジ?)
 緊張は自分だけでないとわかれば、途端、腹の具合が治まってきた。緊張しているのは、俺だけではない。同志を得た気分だ。
(唐揚げといい、腹痛といい、いい子だな、この子)
 他のクラスの女子よりも、断然、彼女の好感度が上がっていった。
 
「高校の文化祭だから、全校集会じゃない。全生徒が見ているわけじゃないし、もっと気楽にいこう」
 互い弱い部分をさらけ出したことで、かえって真摯に激励できた。
「うん、そうね。今日、佐伯くんが代役を引き受けてくれて、ホントよかったぁ~」
 名指しで感謝され、彼女がリラックスした表情を見せる。褒められるのは、悪い気はしない。だが、今度は必要以上にどきりとする。
「あ、誘導係が呼んでる。ステージ脇にいくよ」
「お、おう! ステージでは、横でどんと構えているから」
「佐伯くんにそういってもらえると、うまくできそう。サポート、よろしくね!」
 赤色修正がたくさん入った台本を手にして、ふたりでステージに向かった。
 
 無事ピンチヒッターのステージは終わり、後日、亮平に感謝された。
「わりぃ、悠斗。ホンット、悪かった。悠斗様様だぜ」
「まぁ、無難におわったからいいよ。それより、相方によーくお詫びしとけよな」
 例のステージでは、ほとんど横に立っているだけで俺は特に働いてはいない。話が振られたときに相槌をうち、ひたすらニコニコしていただけ。一番の功労者は、亮平の横にいる彼女だ。
「それは、もう……今度、俺さぁ、メンバーの女子全員に、スタバにしょっ引かれることになってますぜ」
 後半は彼女に聞こえないように、ごにょごにょと亮平は耳打ちした。
(ふうん、スタバかぁ……)
 亮平のうしろで静かに佇んでいる彼女の姿が、やけに落ち着いて見えた。
(スタバ……ねぇ)
 心に何か、小さな棘が刺さった気がした。
(まぁ、総合司会を一緒にやろうって仲だし)
(まぁ、俺には関係ないし)
 
 理性では諦めていたけど、感情は違っていて、ふとした弾みに想像をしてしまう。
(制服しか見たことないけど、私服はどんな服を着ているんだろう?)
 なんとなく、風に揺れるスカート姿を想像する。
(あの制服の下の、ブラとショーツは何色だ?)
 なんとなく、その色は可愛らしいベビーピンクを想像する。
(制服の生地が厚いからよくわからなかったけど、胸はまあまあ大きかったよな?)
 勝手に制服を剥ぎ取って、ランジェリー姿を想像する。
 しかも、一度のみならず、二度三度と。いや、何度も想像する。
 いつしかその想像は、欲望を孕み暴走していく。
 清楚なランジェリーが、まず毒々しい色となり、想像するたびにどんどん面積の少ない布切れへとなっていく。背筋の伸びた立ち姿は、ボン・キュ・ボン。挑発的な科を作るようになっていた。もうこの頃には、下着など本来の用途をまったく果していない際どい紐状のものとなっていた。
 想像して喉が渇けば、下半身も熱い。我慢できずに欲望を吐き出してしまう。
(…………)
 あとには決まって亮平と並ぶ彼女の姿が脳裏に現れた。
 すっかり胃袋も心も握られてしまったまま、同窓会でも告白できず、さらに七年後の再会まで待つのであった。
 
***
 
 そして現在、願いかなって、俺は彼女のカレシとなり、週末はほとんど同棲のような生活を送っている。
 今日は映画を見て、合間にペットショップへ行き、猫も覗いた。今はその帰りで、晩御飯と翌朝の買い物へ向かう途中である。
「ねぇ、悠斗。今、期間限定で増量セールやってるよ。たまには、お家でコンビニ唐揚げもいいんじゃない?」
 あるコンビニ前で彼女は立ち止まり、目ざとく見つけて提案してきた。
 いつも美味しいご飯を作ってくれるが、たまには、簡単に済ますのもアリだろう。手料理を食べさせてくれる彼女の厚意は嬉しいが、それが彼女の負担になってはいけない。
 コンビニの窓ガラスには、定番唐揚げの増量セールの宣伝がでかでかと貼られている。その横で過去の商品が期間限定の復刻版として登場と予告されていた。
「懐かしいな、あのときのパッケージだ」
 あの激辛唐揚げは、高校卒業後、数年して販売終了となった。それと同時に、俺の恋も終わったような気分になった。その激辛唐揚げが、あのときと同じデザインのケースに入って販売されるのである。
「え、何?」
「いや、次の期間限定商品、覚えてない?」
「うん、そうね。これとこれは、よく買ったかな。これは、わからないな。でも、こんなにたくさん種類があったんだ」
 無邪気に言うところをみると、学祭で俺に唐揚げを差し出したことなど覚えていないようだ。唐揚げを買うことなんて、人生で何百回とあることだから。
 高校のあのときの俺なら、ショックで怒り悲しんだかもしれない。だが今はそんなことはない。逆に不思議なくらい静かな気持ちだ。
「どうせなら、全種類買って、コンビニ唐揚げパーティーにしよう」
 彼女が頷いて、晩御飯のメニューが決まったのだった。
 
(おしまい)